1992年に出版された「24人のビリー・ミリガン」は、24もの人格を持った多重人格者、ビリー・ミリガンの半生を綴ったノンフィクションで、当時かなり話題になりベストセラーにもなりました。新聞広告で発売を知った私は面白そうだと思い、本屋で即買いしました。ちなみに多重人格障害は現在では「解離性同一性障害」と呼ばれています。
『24人のビリー・ミリガン 上・下』新装版
著者:ダニエル・キイス
発行:2015年(単行本 初版1992年 早川書房)
出版社:ハヤカワ・ノンフィクション文庫
本書は、著者のダニエル・キイスがビリー・ミリガンに10ヶ月、数百時間にもおよぶインタビューを行って知ることが出来た、ビリー・ミリガンの生い立ちや多重人格障害について書かれたものです。
1977年、オハイオ州立大学キャンパス内にて3人の女性に対する連続強姦・強盗の事件が発生し、コロンバス警察署は当時22歳のウィリアム・スタンリー・ミリガン(ビリー・ミリガン)を容疑者として逮捕します。
ビリー・ミリガンの公選弁護人となった、ゲイリー・シュワイカートとジュディ・スティーヴンスンは、1度目と2度目の接見でのミリガンの印象がだいぶ違うことや、行動に矛盾があることに気づき、精神分裂症と判断して裁判所へ精神鑑定を申請しました。申請を受けた裁判所は、オハイオ州コロンバスのサウスウェスト・コミュニティー精神衛生センターに精神鑑定を命じます。そしてサウスウェストから依頼を受けた心理学者のドロシーターナーは、同僚と共にビリー・ミリガンを診断しその結果、多重人格障害と確信することになりました。
その後、7ヶ月におよぶ精神鑑定を行ったドクター・ジョージ・ハーディングが10人の人格を確認して、ビリー・ミリガンには精神的に障害があるために犯罪に対する責任能力を持たない、とした鑑定書を裁判所へ提出しました。この鑑定書により、裁判所はビリー・ミリガンを無罪とする判決を下すことになります。
この事件は「精神異常で無罪」になった初めてのケースになりました。
さらに驚くことに、裁判のあとに移されたセンズ精神衛生センターで受けた治療により、14人もの別人格の存在もわかり、最終的にビリー・ミリガンは24人もの人格を持つことが明らかになりました。
ビリー・ミリガンは、8歳のころ継父であったチャーマー・ミリガン(実父、ジョニーモリスンは自殺)に性的虐待や身体的虐待を受けました。その時の虐待に耐えきれずに複数の人格に分かれたと考えられています。
ビリーの脳の中にスポット(スポットライトが当たっているような場所)があり、そこへ出た人物だけが表へ出られ、外部とのコミュニケーションが取れるようになっています。
人格の主要メンバーは10人で、24人の内の13人はアーサーが名付けた「好ましくない者たち」で、事件やトラブルを起こしていたためにアーサーに抑えられ表に現れる事はなくなりました。(ただし、ビリーが混乱状態に陥った時に現れる場合がある。)
・ビリーの中の人格たち
(主要メンバーの10人)
1「ウィリアム・スタンリー・ミリガン(ビリー)」 26歳。基本の人格。時々記憶を無くすこと(スポットに出ていない時は記憶がない)に苦しみ、17歳の時に自殺を図った。その為それ以後は他の人格によりほとんど寝かされた状態となる。
2「アーサー」 22歳。リーダー格で合理的な考えを持ち主。イギリスなまりの英語を話しアラビア語が読み書きできる。誰がスポットに出て意識を持つか管理している。
3「レイゲン」 23歳。怪力の持ち主で空手の達人、保護者的な役割を持つ。スラブなまりの英語を話す。またクロアチア語を読み書き、話す事ができる。憎悪の管理者でもある。
4「アレン」 18歳。話術に優れているので、外部との交渉役を行う事が多い。人格の中で唯一の喫煙者。
5「ダニー」 14歳。生き埋めにされた経験があり、そのために男性を怖がり、おびえていることが多い。(この生き埋めにされた経験で、ビリーは複数の人格に分裂したと考えられている。)
6「トミー」 16歳。電気の専門家で縄抜けの達人。1977年に逮捕された時に拘束服を着せられるが、簡単に抜け出した。喧嘩っ早く反社会的な性格。
7「デイビット」 8歳。ビリーや他の人格が受ける苦痛の引き受け役。
8「クリスティーン」 3歳。イギリス生まれの少女。失読症である。レイゲンの怒りを抑えることがよくある。
9「クリストファー」 13歳。クリスティーンの兄。従順な性格でハーモニカを吹く。
10「アダラナ」 19歳。内向的な性格で家事や料理をする。孤独でレズビアンでもある。
(好ましくない者たち)
11「フィリップ」 20歳。ブルックリンなまりの乱暴者。ある軽犯罪を犯したさいに、その被害者の報告がきっかけで、主要メンバー10人以外の人格が存在することが判明した。
12「ケヴィン」 20歳。犯罪の立案者で強盗の計画などをした。のちに「好ましくない者たち」から外され、主要メンバー10人の仲間入りをする。
13「ウォルター」 22歳。オーストラリア人。方向感覚が優れているので、位置確認などに役立っている。
14「エイプリル」 19歳。ビリーの継父「チャーマー」に強い復讐心を持つ。あばずれである。
15「サミュエル」 18歳。ユダヤ人で唯一の信仰心の持ち主。彫刻家。
16「マーク」16歳。自主性がなく単調な労働を受け持つ。
17「スティーブ」 21歳。自己中心的。多重人格であることを受け入れていない。
18「リー」 20歳。コメディアンで道化師。トラブルメーカーである。
19「ジェイスン」 13歳。不快な記憶の引受役。癇癪をおこす場合がある。
20「ロバート」 17歳。夢想家。
21「ショーン」 4歳。知恵遅れと見られることが多い。耳が不自由。
22「マーティン」 19歳。見栄っ張りで、努力を嫌う。
23「ティモシー」 15歳。同性愛者に囲まれたことがきっかけで、自分の殻の中に閉じこもる。
(教師)
24「教師」 26歳。全ての人格が統合された人格。感受性が強い。
ビリー・ミリガンは、23人もの人格を抱え、何度も自殺未遂を繰り返し、時にはアメリカ社会を巻き込みながら困難な人生を歩みました。
そんなビリーは、2014年に59歳でガンにより亡くなっています。
私は1992年に「24人のビリー・ミリガン」を一度読みましたが、本ブログの別記事「発達障害を知る」を書いている時に思い出して、Kindle版を購入して30年ぶりに再読しました。一度は読んで知っていても、改めて驚かされる内容です。
人格が次々に変わる状況を読んでいると、人間の脳は一体どうなっているのだろうと考えさせられます。また多重人格の原因となった児童虐待には改めて憤りを感じます。
『ビリー・ミリガンと23の棺 上・下』
著者:ダニエル・キイス
発行:新書:1994年(単行本 初版1994年 早川書房)
出版社:早川書房
著者のダニエル・キイスは「24人のビリー・ミリガン」を書いた後も引き続きビリーを取材し、続編とも言える本書を書きました。
1979年にビリー・ミリガンは、彼を危険視する政治的圧力によりアセンズ精神衛生センターからオハイオ州立ライマ精神障害犯罪者病院へ移されます。
この悪名高きライマ病院は、「地獄の病院」とも呼ばれていて、ライマでは電気ショックの罰や患者への虐待が日常的にあったこと、またショック療法により患者が植物人間になったのを目撃したことを、病院を辞職した元介護人が、地元新聞社の「クリーブランド プレイン ディーラー」に告白している。
また同新聞社の別の記事では、ライマ病院では1962年から1971年までの9年間に26人もの患者が首吊り自殺を行っていたことが判明していて、自殺した患者の大半は異様な方法で首をつっている事(記事では、異様な首吊り方法については、読者や関係者に配慮して明らかにしていない。)全ての首吊り遺体は解剖も行われず、まともな検死もされていない事がわかっている。
ダニエル・キイスは、ビリーの移送問題が出た際に、ビリーの公選弁護人がらライマへ行かせまいと必死で戦っているのを見て、ライマ精神障害犯罪者病院について調べようと決意します。そして引き続きビリーを取材し、その結果知ることができた、病院内の電気ショック療法や虐待を、本書で明らかにしています。