「死」を語る(その2)


『自殺直前日記改』
著者:山田花子
責任編集:赤田祐一
発行:2014年
出版社:鉄人社

著者の山田花子さんは1967年生まれで、80年代後半から、90年代初めにかけて「ヤングマガジン」や「ガロ」等の雑誌に独特の作品を発表していて、熱狂的なファンもいた漫画家です。

繊細な性格からか、統合失調症を患い、92年3月に精神病院に入院。同年5月23日に退院するも、翌日に高層住宅の11階から飛び降り自殺をしました。まだ24歳の若さでした。

著者は自殺直前まで日記を綴っていました。その20冊あまりのノートに書かれた日記を父親が編集し「自殺直前日記」として出版し、ベストセラーにもなりました。本書はその「自殺直前日記」の復刻版です。

本書の中から山田さんのいくつかのアフォリズムを。

・大人と子供の間に境界線はない。大人になっても「子供の感情」を持っていても悪くない。「何時までも子供ではいけない」という常識が私を追い詰める。
・人間は元々悟っている(魂の目持っている)のに、世間の常識や固定観念に縛られてワザワザ不幸になっている。
・「イヤなことは忘れろ」と言うが、忘れたらまた同じ目に合ってしまう。  p59から引用

「イヤなやつ」
人の悲しい、つらい、苦しい心ズバリ言い当てて得意になってる奴。   P243から引用

・一度も話かけてもないのに諦めちゃった・・・こんな恋もある。
まだ何もしていないのに諦めちゃった・・・こんな人生もある。   P237から引用


『犠牲 わが息子・脳死の11日
著者:柳田邦男
発行:1999年
出版社:文春文庫

著者は、ノンフィクション作家として多くの作品を残し、数々の賞を受賞した柳田邦男さん。

その柳田さんの次男の洋二郎さんは、中学の頃から神経症を患い、心に病を抱えていました。その病がはっきりと現れたのは20歳の頃。そして25歳の年に自ら命を断とうとします。

自室で首にコードを巻いた洋二郎さんを柳田さんが発見した時には、すでに心臓も呼吸も止まっていましたが、すぐさま病院へ救急搬送して心蘇生を行い一命は取り留めました。

しかし洋二郎さんの意識は戻らず、やがて植物状態から脳死の状態へ。

そして父親の柳田さんは、生前から洋次郎さんも希望していた「臓器移植」を決断します。

本書は、徐々に脳死状態へと近づく息子を前に、苦悩する父親と家族の11日間を綴った記録です。


「自殺直前日記」の山田花子さん、「犠牲」の柳田洋二郎さんは、共に生きづらさを抱え、苦しみながら生きたように見えます。自分の身内や友人にこのような人がいた場合に、はたしてどのような言葉を掛けられるかを考えたのですが、あまりにも難しくて言葉は浮かびませんでした。



『完全自殺マニュアル』
著者:鶴見済
発行:1993年
出版社:太田出版

「イザとなったら死んじゃえばいい」っていう選択肢を作って閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を開けて風通しを良くしてちょっとは生きやすくしよう、ってのが本当の狙いだ。(本書”おわりに”より引用) と著者の鶴見さんは述べて、実際にクスリ、首吊り、変わったところでは凍死など、多くの具体的な自殺の方法を掲載しています。

1993年に出版された本書は、発売当初から話題になり、これまでに120万を売り上げるミリオンセラーになりました。また発売後から本書に対する批判も上がり、一時は「発売禁止処分」にすべきとの意見もよく聞かれました。

発売してから1ヶ月程してから購入しようと本屋に行ったのですが、以前にはあった本屋にはすでになく、売れすぎて在庫が手に入らなかったのか、書店が批判などに配慮して置かなかったのか、何年にも渡って書店では見かける事はなくなりました。すっかり忘れていた3,4年前に本屋でたまたま見かけて思い出してさっそく手に入れました。


正直に言うと、この本を子供にはあまり見せたくないと思いました。もちろん「発禁処分にしろ」なんて事を言うつもりはありません。

しかし具体的な自殺方法の内容があまりにも生々しく感じられ、発売時にいろいろと批判が上がっている時には、「自殺する人間は、別の本を読んでも自殺する」と考えていたのですが、実際に手にして読んでみると、自殺の呼び水になる可能性は十分にあると思えました。

本書の「自殺も視野に入れて生きる」という目的を考えれば、「自殺の呼び水の可能性」も当然のことかもしれませんが、それでも子供に対して、自分の方から自殺の選択肢は提示したくないと思いました。まあ親ならそれも当然かもしれませんが。


私は2018年に、11年間付き合っていた今の妻と籍を入れました。48歳になる年でした。籍を入れてから、それまで漠然としか考えてなかった「老後」について考えるようになり、とりあえず老後資金を作らなきゃと、積立などをやるようになりました。

私は自分の寿命は80歳と勝手に考えています。そう考える理由は父が80歳に他界した事と、その父に家族の中で私が一番似ていたからです。親戚の叔母さんはご飯の食べ方までそっくりだとよく言います。

2021年には娘も生まれ、より寿命を意識するようになりました。

小学生の頃から付き合いがあり、よく飲みに行く友人に、飲みの席で老後や寿命の話をすると悲観的だと感じるのか、いつも「まあまあ」とビールを注がれ、たいして話が膨まずに次の話題に移ります。

しかし私は、寿命を考える事を少しも悲観的に思っていません。むしろ「死」を意識するからよりよく「生き方を考えられる」とか、締切を決めるから仕事の効率が上がるみたいな感じに捉えています。実際に寿命を考えるようになって、以前よりも趣味の読書の量は増えているし、少ない時間をどう使おうかと前向きに考えるようになりました。もちろん、ひたすらタイパを考えるだけでなく、時にはボーっとしたり、無駄と思えるような事をする時間も必要だと思っています。

もし子供がいい歳になるまで自分が生きていたら、「時には前向きな気持ちで、人生の終わりを考えるのもいいもんだ」と伝えたいです。


#山田花子 #柳田邦男 #鶴見済

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